美術大受験の思い出 1
古い古い話です。
今から50年前の話、私はある美術大学を受験しました、それも二回も・・・・。
絵の道に進みたいと思いこんでいたのです、でも若い頃のそんな思い込みは重要だと今でも思って居ます。そしてそれは見事に打ち砕かれるのですが・・・・。
その頃私は、美術の予備校に通って居ました、それは受験の絵を学ぶためです。変な話ですね、受験の絵を学ぶって、でも普通の大学でも同じですね、その大学に入る為の学びを積み重ねる、それは美術でも同じでした。
君なら受かるよ!!とその予備校の先生が太鼓判をくれました、その先生はまさに私が目指す大学の出身でした。私は有頂天になりました、君なら受かるという麻薬のような言葉を鵜呑みにしたのです。
受験はまず、石膏デッサンからでした。それは、私が井の中の蛙であることを思い知らされた苦い体験の場でした。
石膏デッサンは、馬鹿にするなかれ、一日四時間で二日に渡って成されます。二日間で八時間を掛けて一つの石膏を描くのでした。画用紙に木炭で描くだけのデッサン、それに8時間とは・・・、いかにその美大が石膏デッサンを重んじていたかが分かります。
教室に入ると目の前に三つの石膏像が並んで居ました、右端にブルータスが有りました、私は迷うことなくそのブルータスを選びました。
☆これは、ある美大生のブルータスの木炭デッサンです。私が描いた角度もこれくらいと記憶して居ます。
後ろ側にも石膏像が三つ並んでいました、つまり一つの教室の前後に六つの石膏像と、その前に六人の受験生が並んでいたことに成ります。
静寂なその教室、木炭を操るスースーという音が返って、その静寂を増して居ました。私は自信が有りました、あるデッサンを目撃するまでは・・・。
続く・・・・、
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