水彩画 徒然なるままに

自然の光と影を求めて、水彩画を描き始めました、そして懐かしい思い出もと思いました。しかし、ただの自己満足です、興味のある方はどうぞ

病を友や先輩に伝える難しさ 心苦しさ

私は、私の病を、特定の友人、先輩に知らせました。知らせなければ成らない理由は有ったのですが、今はそれを反省して居ます。そのことを思いながら、書き綴ります。



人と人が、向かい合って話し合う時、言語で伝わるのは6%、表情で伝わるのが35%、ボディランゲージで伝わるのが60%と、どこぞの研究機関が調べたらしいです。


向かい合って話し合っても、言葉で伝わるのはたった6%、ではメールではどれくらいかと考えたが、それこそ0.00?%かも知れない。



実は俺、癌で余り長くないんだなんて、メールで知らされても困るでしょう。でもそれをやってしまいがち、知らせて置かないといけないなと、でも、知らされた方はいかばかりかと、自分がその立場だったらどうだろうと、返信なんかしようが無いよなと思う。


しかしこの余命と言うやつ、実際、私自身が聞かされた時、いわゆる真っ白な心となりつつも、一方では良く言うよと思ったのです。


これはお医者さんが診療の責任を放棄した言葉とも思った、統計上では私の病状は、限りなく坂ノ下の沼にまっしぐらなんだと思う、だからお医者さんはそう伝えただけなのでしょう。


☆東山魁夷作の「道」、先の方で右へ曲がっているのですね。何故だか分かりません。



お医者さんが余命を患者に伝える意味は、二つあるのだろう。


言いましたよ、伝えましたよと、出来るだけの治療はしますが、それは完治に向かっているのではなく、延命しているだけですよと伝えたいのが一つ。


そしてもう一つが、患者に寄り添った考え方のお医者さんで、それは、残りの命を見据えて、やり残すことがないように、命を全うして下さいという気持ちなんだと思ったのです。


これは患者の死生観の問題があるので、伝え方は難しいとは思います。死生観=人生観なんだとも思うので。でもお医者さんも、ここまで患者と付き合うのは、疲れるのだろうと思う。


しかし、こうも思いました。患者と真摯に向き合うお医者さんは、前者のような「言いましたよ伝えましたよ」と言った態度の方が疲れるのかと思いました。つまり私達は、どんなお医者さんに出逢えるのか、そこが大きな課題には違いありません。



お医者さんの業界も、いつの日からか、病を本人に直接伝えるようになったのですね。少なくとも私の父の時代には、家族が呼ばれて、最初に家族が知らされました。その時に家族は、親の性格などをおもんばかりながら、お父さんには胃潰瘍で通そうねなどと家族会議をしたものです。


それがいつから、本人に伝えるように成ったのか、余命を伝えられた私は、家族に何て言おうかなどと、心底悩みました。そして辛かったですが妻とはしっかりと共有したつもりです、でも子供達には、今一つです。



さて、表題の件ですが、私はこの友人、この先輩には伝えたいと思い、メールしました。


でもこの行為は、慈悲ではないなあと己を罵倒して居ます、そんなこと聞かされても反応しようがないでは無いですか?、そんなメールを貰って、そうか癌ですか、大丈夫ですかなんて返事は出来ません。


そしてもう一つ、考えて見ればその「余命」というやつ、お医者さんの責任放棄が最も大きな理由とすれば、実は全く当たらない可能性もある訳です。そういえば、親父が同じ病で、去勢手術も受けて(今のホルモン療法)、結局、86歳まで生きました。


私も、死ぬぞ死ぬぞと大切な人達を脅かしながら、知らせた方々より長生きなんてことも有り得る訳です。


言葉で知らせることの無慈悲さ、命のことを語るのに、軽率だったと今は後悔をしています。それでも尚、いつかは理解してくれる、知らせてしまった友や先輩に、今は心で頭を下げ続ける日々です。


失礼しました。