死ぬのは怖くない 2
立花隆氏(以降立花氏)は、迷っていると感じました。
万巻の書を読み、比べようもない程の学びを積み上げて、知の巨人と呼ばれている人が迷っている、そう感じました。
何を迷っているのか、それは、脳が死ねば人間は無になるという、究極の恐怖を癒す為に脳は沢山の「幸せ物質」を、その残された力の全てを掛けて我が肉体に与える。
これが、臨死体験という錯覚をもたらすのだという結論に、
迷っているなと思いました。
学者としては、そういう結論が相応しいんだという、何かに摂りつかれているごとくです。
最も、これは誰も知らないことなので、どう結論しても勝手なのですが、どうやら、何か肝心なことが抜け落ちているんです。
それが「信じる」という世界だと思いました。
立花氏と20年来の友人である、臨死体験の大御所レイモンド・ムーディ氏が、言い方をやさしくすると「天国」を信じる立場に変わったことに、立花氏はショックを受けたのです。
ムーディ氏は、臨死体験の研究を重ねて来て、それは脳が見せる人間への愛情に過ぎないという立場だったのですが、ムーディ氏自身が瀕死の重傷を負い、臨死体験を実際に体現してから、変わったのでした。
それは必ずあの世があると確信するという態度ではなく、あの世はあると「信じる」という立場なのでした。
科学的な立場から、宗教的、神話的な立場にシフトして行ったのでした。
信じる、これも人間しか出来ない態度の一つです。そして他人はこの信じている人の心を変えることは出来ません。
立花氏は、ムーディ氏の変化に力強さをも感じたのです。
私自身の意識は、形を変えても永遠に続くと強く信じてこの世を去ることは、それは何よりも強い力となるでしょう、それが「死ぬのは怖くない」という本当の意味でしょう。
この信じる力の前に立花氏は、圧倒され、そして迷った!!、そう思いました。
失礼しました。
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