ある小学生の夏休みの宿題
この小学生君、夏休みの宿題に、夏休みの宿題を
やらなかったら、自分はどうなるだろうかと、課題を
持ったのです。
どうなるだろうかと言うのは、自分の心が夏休みの
宿題をやらないで、休みが明けて学校へ堂々と行け
るだろうかと。
こんな気持ちの動きを、宿題としたと言うのです。
勿論、両親には内緒でした。
☆ブログのお仲間の写真を借り、描きました(以前です)。故郷の山並みに似ているなって思ったのです。
先ず、夏休みの前半くらいは何でもなかったのです。
後半に入り、それでも何もしない自分、だんだんと
これはやばい、何だろうこの焦りはと。
そして彼は、焦りに焦り、最後の日(31日)に、
宿題を全部やったのです、たった一日で。
(なんだ、やったのかと思いましたが)
そうしたら、この爽快感はいったいなんだと思うほど
心が軽くなったと。
結局、やらないで行く勇気は無かったこと、
所詮、自分ってその程度の小人間なんだと、小さい、小さい
彼は、宿題をやらないで8月30日を迎えて、自分の心が
限りなく動揺していることに気づいたのです。
これでは生きてはいけないとでも思ったのか、31日に
やってしまったのです。
この心の動き、面白いなあと思いました、宿題をやらない
自分を、分析したのです。
でもなあ、やらないなら、堂々とやらないで行ったらどうか
って、ちょっと思いました。
かくいう私、全然やらないで夏休みが明け、その後学校に
残されてやりましたね、少しも自慢では有りませんが、そ
れが私一人では無かったことが、可笑しかったです。
何でも、仲間は大事ですね(笑)
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