水彩画 徒然なるままに

自然の光と影を求めて、水彩画を描き始めました、そして懐かしい思い出もと思いました。しかし、ただの自己満足です、興味のある方はどうぞ

人間の唯一の義務は

自分自身になること 加藤泰三


(また、面倒くさいことを書こうとしています、誤解も多そうな内容で、苦手な
 方はスルー願います)


ニッポン放送朝の11時頃に、長い間続いている
人生相談コーナーがあります、私は丁度その時間
車に乗って居て、


聞くとは無しに聴いています。昨日のパーソナリティ
は加藤泰三氏でした。


ある22歳になる青年の相談で、この表題の言葉を最後に贈って居ました。



中国系の母親も持つその青年、生きづらくでも
死ぬのが怖いと、健康なのに死への恐怖を
持ち続けて居ます。


一つの脅迫神経症、そして母親の愛の強さのこと
そして母への愛、その絆が彼を支えて来たと、彼自身
の口からそんな言葉も聞かれました。


加藤氏が言います、あなたの心に起こっている
全ての原因は、お母様ですね、と



え!!、何で母なんですか?と
母は、唯一私を愛してくれているんですよ、
私も母を深く愛して居ます。


だから、なんです、あなたはあなたの自我を
母親に委ねたままなんですよ。


あなたの自我を、あなたは取り戻さねばなりません、
そうしないとあなた自身が、あなた自身にはなれないからです。



青年は何かを理解したのでしょう、言葉には詰まっいたのですが
私にはそう感じました。



私達が赤ん坊のころ、自我は放散状態だった。
母対自分だけの世界、それが全てだったろう。


立ち上がり、歩きはじめても、放散した自我は母に預けて
いたかも知れない。母の愛の中に、仕舞われたままで。


母は母で、それを手放すこともなく、どんどんと離れていく
自分の分身を眺めながら、しっかりと抱きしめたままの
自我はそのままに、なんだと。


(ここでは全然父親は出て来ない、父親とは、全く別の生き物のようです)



私はこの一連の相談を聴きながら、思ったことが有ります。


それは、人生とは何なんだと問うて来た中で
その私なりの結論が、本当の自分に逢う為の旅、でした、
これは今もそう思って居ます。


私が、私に逢う旅って、よく分からないとは思います。


私の場合、これを強く感じたのは重篤な病を得た時でした、
それは、あとどれくらい生きられますか?という質問を
するような状況の中でふと浮かんで来た想いです。


私とはいったい誰なんだ、私は本当の自分を生きては
来なかったと、痛烈に感じ始めたのでした。



その自分の想いと重なったのです、それが加藤氏の言葉でした。


人間の唯一の義務は、自分自身になることです、と。


今、私の傍には、本当の自分が居るような気がします。
億千万光年も離れているように感じた、もう一人の自分が、
ほんの少しの距離にいると、感じます。


病にお蔭を感じるとすれば、このことと思うのです。


お互い馬鹿は馬鹿だなあって、話をしている、俺と自分が
会話をする、これって本当の馬鹿かも知れません(笑)



人間の唯一の義務は、自分自身になること(加藤泰三)