水彩画 徒然なるままに

自然の光と影を求めて、水彩画を描き始めました、そして懐かしい思い出もと思いました。しかし、ただの自己満足です、興味のある方はどうぞ

私のアトリエ?です(*^_^*) そして感謝の時間です。


汚いです、正面にタブレット、典型的な無精者で外で絵を描くことは無いです。


右側は説明することも無いですが「筆」です、中にはもう数十年物の
骨董もあります(笑)、筆入れは、東京駅で買った弁当の入れ物です、
タコ飯弁当でした、それが瀬戸物に入っていたんです。


画用紙は良いものを、と言っても、ワトソンの300グラムです。


一本筆を置いています、お気に入りの細筆です、これ高かった!!


右側には絵の具、これはあまり選びません、ユザワ屋さんに売っている
ものから適当です。


左側はパレットと言いたいのですが、何かの蓋です、菓子折の蓋とか
平らなものが有ればそれを使って来ました、絵の具を出せて、
それを混ぜられれば良い、だけです。



まあ、こんなものを紹介することに意味は有りません。


紹介したかったのは、自分は絵に助けられて来た、そのことです。


パラリンピックを観ながら、助けられて来た、足を無くしてから
、心が折れてから、生きる希望を失ってからと、様々な物語が
紹介されて居ます。


私もその列に入れてくれ!!なんて、おこがましいのですが、
それぞれの人生には、それぞれの挫折、困難が付きまとい
ます。


そして、人はみな、それこそそれぞれの方法でその困難達を乗り越えようと
したり、時には仲良くしようと試みたりと忙しいのです。



私は余命の宣告をされて、一つだけ始めたことが有ります、それは、
自分の身体を労わろうとしたことです。


変でしょう、余命宣言を受けたあとに、労わろうだなんて・・・、
俺の人生、いつもいつも後手後手だったなあって、


最後も後手後手かと、そして始めたのが食事でした(食事療法とは言えません)
野菜中心としました、そして何と言っても辛かったのが
断酒でした、覚えて居ない程酔う私でしたが、


一滴も呑まなくなったのです。



そうしたら、何が起きたのか・・・、そうです、時間を持て余したのでした。


お酒を呑まないと、時間が過ごせない、暇が埋まらないのです、
本を読んだりとそれなりに時間を過ごすのですが、でも、
どうしようもなく心が埋まらないんです、益々、
死への不安も高まってしまうのです。



思い出しました、あの園長先生の言葉を、ともえ幼稚園の入園面接
で描いた絵、正確には何を描いたか覚えては居ないのですが、
あの言葉だけは忘れないのです。


君は絵が上手いね、と


それ以来、いやそれ以前からでしたが、何か白いものがあるとそこに
絵を描いて居ました、小学校の時に、家の壁いっぱいに絵を描き、
両親を激怒させた記憶、でもその一方で親父は言いました、
上手いなあって、顔付は複雑でした。


でも遠ざかった、二十歳過ぎて筆を持つことは無かったのです、
それから何年でしょう、50年近い年月、ああそうだと、
あの絵を描いている時の心の高まりはまだ覚えて
いると



私は、押入れを探し、昔昔の道具を日の目に晒しました、でももう
殆どが風化していましたが、中には使えそうな筆も有ったのです。


もう道具を揃えることもなかろうと、絵の具と画用紙だけは買い、
後は、身の回りあるもので間に合わせました。


それから6年が過ぎました、不思議にもうお酒を呑みたいとは
思わない私が居ます。


そして、時間を持て余す私は何処に、今は何故か時間が足らないのです。


長くなってしまいました、本日はこの辺で・・・・、


まさかあれから6年も、絵を描かせて貰えるなんて思っても居ませんでした
、絵を描けること、それは私に取って、感謝の時間なのです。


さあ次は何を描こうかって(笑)