娘の入院 そして手術
娘が入院した、女性特有の病で
私の母がそうであった、義母も同じだったらいい
娘は濃いいマイナスDNAを受け継いだと言える
私の母は、もう何十年も前だが、その病で手術をして大量の出血をした
そして、大量の輸血を受けた
当時は、他人の血をそのまま(詳しくは分からないが)の生血を輸血される
母は助かった・・・・・、
しかし、その生血の原因だろうか、肝臓をやられた、確かC型肝炎
そして、時を経ずに肝臓癌となった
まだ若かった母、私の記憶の中で最も強い記憶は、母の入院している
姿だろう、母は死ぬのだろうかと不安な日々を送った記憶は
今も新しい
肝臓は、おそらく三倍の大きさとなり(それが全部癌化)、母は苦しんだ
主治医が言った、お母様は助かりませんが、でも今をもう少し楽に
なる方法をと
この三倍になった肝臓を全摘した、それはそれは大きかった、母はこれを
抱えて生きて来たのかとそれだけでも母の我慢強さを感じた
母は楽になった、笑顔も増えた、しかし人は肝臓無しでは生きてはいけない
黄疸は激しくなり、主治医は緩和療法に入った
そして12月25日、クリスマスの日に母は逝った、入院して3ケ月、せっかち
な母らしい逝き方だった
☆娘二十歳のころ、着物は母が私の姉の成人に贈ったもの、それをいただいた!(^^)!
同じような病、娘はまだ46歳、私の頭の中で母と娘が重なり、今日は
眠れない日となった
本日9時半から手術、悪性ではないと思いますがかなり大きくなっていて、
内膜もやられています、結構な手術と成りますと、その女医が言った
ドクターXで有って欲しい・・・、私、失敗しませんから、と
そうでは無かった、私だけでは不安ですので教授に立ち会って貰いますと、
ちょっとなあって思ったが、それだけ慎重になっているということ
だろう
思い起こせば母はこの孫を溺愛した、孫は9人いたが、たった一人を可愛がった
何処へ行くにもこの孫を連れていった、その頃娘は5歳くらい、
確かに可愛かったのだろう
母は私達兄弟の前で言った、子供は区別できないが窓は選ばして貰うと・・・、
そんなこと言わなくてもと思ったが、自らの意志をあまり現さなかった
母の本当の気持ちだったのだろう
お母さん、あなたの愛した孫が今日手術ですよ、今はあの頃とは違い手術
は乗り越えられるとは思いますが、どうか見守って下さいねと
天国の母に祈っている

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