水彩画 徒然なるままに

自然の光と影を求めて、水彩画を描き始めました、そして懐かしい思い出もと思いました。しかし、ただの自己満足です、興味のある方はどうぞ

退院しました。

紀州の田舎がまた直撃だなとテレビを観ながら、あの田んぼ中を覆い尽くす大雨を思い出して居ました。


さあ、東京もひどく成らない内に帰らなくちゃと、急ぎの退院をしました。



しかし今回も全身麻酔でしたが、ほんと、気持ちの良くないものです。私が目を覚ました時、先生達は世間話をして居ました。


あ、気付かれましたか?と私の顔を覗き、無事終わりましたよと、妙にのんびりした声に、安心したりで、でも何だこの気持ち悪さはと、それを察したのか、吐くなら左側に容器があるからどうぞと、差し出されました。


慣れているんですね、そして多くの患者が吐くんだと、思ったのでした。


でも今回は、午後に終わった手術でしたが、その日の夜まで吐き続けました。何だこれは二日酔いより酷いと思ったのでした。



私の病は、妙に下半身に集中して居ます。


前立腺癌、大腿骨骨折、そして疎径ヘルニア、この三つが一か所に集中しているのです。


何か悪いことをして来たか、そちら方面の罪を重ねて来たのかなどと真剣に考えたものですが、でも考えても仕方がないことなので、あまり考えないことにしました。


入院した部屋は4人部屋で、4320円の差額ベッドです。6人部屋(これは只)は空いて居ませんでしたので、仕方なくお高い部屋に成りました(--〆)


多分、同部屋の人達は団塊の世代、瀕死の重傷人ばかりでした。咳をしっぱなしのお仲間、先生を捕まえながら必死で症状を聞いているお仲間、一筋縄ではいかない病を抱えているんだと感じました。


そんなお仲間にさっさと別れを告げて退院した私ですが、本当は私、重い病なんですよと伝える理由も義務もないこと、何だか残念のような気もしました。病院では、病の重い方が偉い!!なんて、誰が決めたのか、いや誰も決めていないですね。


そんな訳で、退院です。


台風は、次の25号も控えているようです、災害列島では有りますが、こう立て続けにと思う一人です。被害が最小限に納まることを祈っております。


失礼しました。