本当のことを言うよ
今年はやけに忘年会が多い、こんな私を誘ってくれて有り難いが、もともと呑めない酒が益々入らなくなったので、もうゴメンこうむりたい。
昨日は、あるボランティアの仲間が集まった、集まったといっても三人でしたが。
もうそんな活動を辞めてから何十年経つだろうか、でもこの三人は集まるのでした。忘年会は何年ぶりだろう、戸越銀座という所で爺さん達の忘年会は始まったのです。
仕事について、未だに働いている私を除いて、後の二人はリタイアしているのです。
一人は55歳の時リタイア、一人はついこの間70歳でリタイア、55歳でリタイアした彼はもう、17年(私より二歳上)自由人だった。
その間、私が知る限り彼はこう言っていた、働きたいんだけどなかなか受け入れてくれる所がなくて弱ったよ、と。
★料理はしゃぶしゃぶでした。
そう言いながら、17年は過ぎたのです。彼の家は、脇にアパートが併設していて、家賃収入が入るのです。だから働かないのかと、それだったらそれで良いではないかと。
まあ、どうでも良いことだけど、そんなことを思いながら乾杯となり、おずおずと彼が、表題の言葉を話し始めたのでした。
みんなに俺、嘘ついていたんだ、でももう「本当のことを言うよ」と、何故か謝らなくて良いことを謝り始めたのでした。
嘘と言うのは、働きたいけど働く所がない、このことなのでしょう。
本当のことと言うのは、俺、家で午前中はぼーっとしながら音楽でも聴きながら、時間を過ごすのが好きなんだと。彼はそのことを隠して来たんだと、やっと話してくれたのでした。
私とついこの間まで働いていたもう一人の仲間が、同時に彼に言ったのです。
みんなそうだよと、みんなそんな生活がしたいんだ、何も謝ることなんか無いだろう。
彼はほっとしたように、私達を見つめました。
私は心の奥底で思いました、私が借金を重ね債権者に追われ続け、明日の給与に悩んでいた時彼は、朝日を浴びながら音楽を聴いていたいたんだと。
ふーんそうか、でもなあ、少しも羨ましくないのは何故だろうか。私が退屈が嫌いだからだろうか、でも私が感じる退屈を彼は感じないのだろう。
しばらく会わない内に、それぞれの人生は変わっている、それがどのような人生で有れ、その人が選んだ人生なんだな。
そして思いました、彼の嘘は、嘘の内には入らないと、でもそのことが彼を苦しめていたのか、人の悩みとはこんなにも違うものなのか、と。
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