水彩画 徒然なるままに

自然の光と影を求めて、水彩画を描き始めました、そして懐かしい思い出もと思いました。しかし、ただの自己満足です、興味のある方はどうぞ

西郷輝彦さん 旅立つ

昔昔その昔、三軒茶屋に、素敵な少年がいると
姉が大騒ぎしていた


姉の友達の友達、その少年は間もなく芸能界にデビュー
した、それが西郷輝彦さんでした。




君だけを(西郷輝彦)


デビュー曲は確かこの「君だけを」でした。


別に彼と私は、何でも有りません、それから55年近く過ぎた頃、
彼の病名が伝わって来ました。


私より一学年上の彼、病名は、前立腺癌だと聞きました。


それも、もう手の施しようがない、ステージ4の転移性去勢抵抗性前立腺癌
でした。


俺と同じじゃん、なんて、やっと同じ土俵に立てたと、喜んだ訳では
有りません。


そうだったんだと、苦しまれて来たんだなと、いろいろ自分を振り返りながら
彼の気持ちを思ったのでした。


もう施しようが有りません・・・・と、
何と冷たい言い方なんだと、私もその言葉で、崖から突き落とされた
記憶の中で・・・・、



あれからどうしただろうと思って居ましたら、彼は、2021年夏に
オーストラリアに新しい治療を受けに行ったと知らされました。


それがPSMAペットという治療法で、日本では受けることは出来ません。
前立腺癌の転移、体中に散らばったその癌を見つけるとそれに取りつく薬を
注射します。


そこに光を当てるとホタルのように散らばった癌が浮き上がるのです、
それをレーザーで焼き殺すのです(正確かどうかは分かりません)


一度は、全身に散らばった癌は無くなったと、ユーチューブで開示して
いました、それが昨年の8月頃でした。


しかしその時、癌は消えたのに、何故か癌が出すたんぱく質(PSA)の数値が
異常に上がっていたのです。


何故なんだ!、何故なんだ!!と、そのユーチューブは終わって居ました。
それ以来、新しいユーチューブが更新されることは有りませんでした。


どうしただろうか、もう一度同じ治療を受けたのだろうかと半年くらい過ぎた
昨日、訃報が飛び込んで来たのです。


やはり駄目だったんだと、新しい治療、一度は効果を出した、しかし、
全身に散らばった癌を全部は捉えられなかったのでした。



同じ病の、同じステージ、齢も同じくらい、その彼が亡くなったと
私は結構なショックに襲われました。


やはりなあ、人は死ぬんだと、それは目新しいことでは無いのですが
同病ゆえに、妙に身近だったのです。


私は彼より、先に失礼する予定でした、それが予定通りには進まなかった
だけです。


いつ復活するのか分からない我が同泡、毎日コミュニケーション(一方的)
している我が同泡に先程、彼が逝ったよと告げました。


西郷さん、頑張りましたね、絶対に治してやると決意したユーチューブ
での言葉、その強さを私は忘れません。


ありがとうございました!!


合掌