水彩画 徒然なるままに

自然の光と影を求めて、水彩画を描き始めました、そして懐かしい思い出もと思いました。しかし、ただの自己満足です、興味のある方はどうぞ

人生を教えられた記憶 3

☆先輩が開業したお店ではありません、悪しからず。



それから数日が過ぎ、有る日先輩が姿を見せました、先輩は心なしか緊張をしているようでした。


親父 これから言うことは、私の言葉では有りません。人生に何が一番大切なのかを教
   わり、私が納得したことです。よろしいですか。


先輩 はい


親父 孝は百行の本、こんな言葉を知って居ますか?


先輩 いいえ


親父 親孝行は、全ての人間の基本ですと、教えている言葉です。つまり親孝行をしない
   出来ない、今の世の中は、そんな言葉がまかり通ります。そして親も、息子や娘に
   苦労を掛けたくない、自由に人生を生きて欲しいなどと、言います。


   だから、実際、親孝行は難しいのです。私が教わった中で一番感じたのは、親孝行
   を自分は十分して来たという人が、更に心に反省が出来るかといういましめでした
   親孝行に、これで良いということは無いのです。


   お母様を大切にして下さい、そして貴方はもうそう決めているのでは無いですか?


先輩 ・・・・・・、(苦しそうに口を押さえながら、首を縦に振っているのでした)


先輩は、その後、会社を辞めたのです。私が驚いたのは、驚くような指導を、素直に聞いた、先輩の姿でした。相談するって、それは自分を真っ白にして臨むことなんだと知った瞬間でした。


それから数年の後でした、ある一流証券会社が倒産廃業しました。その時には既に先輩は故郷の熊野に帰り、札幌ラーメン「どさん子」を開業されて居ました。故郷に帰っても、仕事はないことは分かって居ました、ではどうするか、先輩が選らんだのが、ラーメン屋でした、その決断にも私は、兜を脱いだのでした。


このシリーズは、ここで一旦終わりますが、親孝行をと帰った先輩が、お母様に暫くは喜ばれなかった物語は、次回、書かせていただきたいと思います。