居場所 2
その人は、肩をそびやかして入って来ました。
そこは、街の中心を少し離れたすし屋、常連の天国のような店でした。
私は常連では無かったが、彼ら常連さんとは顔なじみだった、今から
20年以上前の話です。
常連の天国のような店に初めて入るのは勇気がいる、だから彼は、
肩をそびやかして店に入って来たのだろう。
歳の頃は65歳過ぎか、会社を退職したばかりか、そんな老人入門の
ような見えない波紋が店中に広がっていた。
常連の巣窟ではあるが、マスターは新しい客は大歓迎なのです、早速
マスターのリップサービスが始まった。
ご近所ですか?とマスター
う~ん、まあ と客
こんな店ですがよろしくごひいきにと マスター
その言葉を待っていたかのように、彼の口が滑らかになったのです。
まあ、僕が〇〇物産にいた時は、よく近所のすし屋に行ったものでね、と。
そうでしたか!、〇〇物産でと マスターが持ち上げた。
その後、彼は、何かにつけ、〇〇物産出身であることを匂わせながら、
周りの客の反応を感じながら、マスターとの会話を続けたのでした。
私は、あ~あ、まずいなあ、空気読めないのかと、周りの常連たちが、
舌打ちをしたいのを我慢しているのが、分からないのかと思ったのです。
この人はきっと、退職した後に、自分の行き場、つまり居場所を探して
街をさ迷い歩いたのだろうと、それはここにいる常連達が等しく通って
来た道だったのです。
そして、いつの間にか出来た常連達の不文律それは・・・・、
昔のことを話さない、自慢しない、というエスカレーターで誰もが左側
に立つような、約束だったのです。
そしてその常連達は皆、それなりの立派な過去を持った人たちでした。で
もそれはご法度、人生はいつもこれからという不文律でした。
いつの間にか隣の常連に声をかけ始めた新人、開口一番、僕は〇〇物産の
出身でとやったものだから、お隣の常連は、すーっとトイレに立ってしま
ったのです。
そこだけぽつんと一人、周りはわいわいがやがやと、マスターもいつの間
にか周りの話題に参加して居ました。
ふと見ると、彼はオアイソと、マスターの奥さんに支払いをして居ました。
もう聳やかす方も落ち、帰っていく彼を、誰も送ることは有りませんでした。
マスターだけ、またのお越しを!!、ありがとうございましたと・・・、
でも、再び彼がノレンを潜ることは無かったのです。
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