共存の祈り
私の素の病は、前立腺癌です。
この癌は、癌の内でも最ものんびりした生き物で、
長い間かけて、身体の中で成長して行きます。
先生曰く、貴方の癌は30年くらい掛かって成長した
んだろうねと、
他人ごとのように言いました(他人ごとです)。
でももう流石にのんびりはして居ない、もうここまで
来ると、爆発的に進行を開始するだろう、って。
私はそこで、震える心を隠して聞きました、先生、
あとどれくらいの命ですか、と
う~ん、何とも言えないが 2年 かなと
★紫陽花と着物(明月院だったか)
若い頃あんなに死にたい死にたい、生きて居たくないと
のたもうて居た私が、いざ2年と言われた途端に、俺は
死ぬのかと、呆然としたのです。
それから正確には4年と3ケ月、余命の2年はとっくに
過ぎたのです。
私はこの2年、そうです余命を過ぎた頃から、祈ることが
多くなりました。
それが「共存の祈り」です。
その頃、私は共に生きる我がもう一つの命に「太郎」と命名しました。
そしてその太郎に、夜な夜な話しかけます。
太郎よ、俺が死ぬとお前も死ぬんだ、それってお前の本望かと。
本望ならそれは仕方がない、ガンガン頑張って俺の身体を餌に
するさ。
でもなあ、俺はそれがお前の本望とは思わないよ、もう30年
も一緒に居たんだからな、と。
先生!、私は自分の癌に名前を付けました、太郎って。
とは、話せて居ません、いやとても話せないです、ブログの皆さん
がもしお医者だったら、聴けない話ですよね。
この人、大丈夫か?って。毎晩話し合ってるって?
そんなものだと思います、そういえば先日NHK特集で、話し合う
細胞達?でしたか、脳と小腸は情報交換をしているらしいと。
まあ、だからという訳ではないですが、一番身体の中を知らないのは
その持ち主(いや「借主」かな)の自分じゃないかと。
それは適わん、何とかそのコミュケに参加せねばと今は願って
居ます。
コロナ共共存、癌とも共存
その為には、名前くらい付けて上げねばって。
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