水彩画 徒然なるままに

自然の光と影を求めて、水彩画を描き始めました、そして懐かしい思い出もと思いました。しかし、ただの自己満足です、興味のある方はどうぞ

美術大受験の思い出 2

天才と鈍才の違いを見せつけられた受験でした。


その受験生が天才で有ったのかどうかは分かりません、しかしその時の私には彼の描き方が強烈に印象づけられたのでした。


こんな受験生が居るのか、これ以上彼は何を学ぼうとして居るのか、などと詰まらないことも考えて居ました。そんな私は既に、自分の世界を奪われて居ました。


亡くなった松方弘樹という俳優が、若い頃歌手に成りたかったと思い出を語って居ました。そしてどこかの歌謡選手権に出たのだそうです。その時に、一緒に挑戦していたのが五木ひろしだったとか、その歌声を聴いて彼は、歌手への道を諦めたとか、こんなに上手い奴がいるのかこの世界はと、度肝を抜かれたのだそうです。


こんなに大げさなことでは有りませんが、彼のデッサンの進みを見て居た私はもう、自分のデッサンを進めることは出来なかったのでした。駄目ですよね、そんなに人に影響をされていては・・・・・。


B2くらいの画用紙が与えられ、殆どの受験生はその画用紙に木炭で十字を描いてその画用紙の中心を見つけます。そして描こうとする石膏像の中心を感じて、画用紙に輪郭を描いて逝きます。これが多分普通の描きだしです。


☆これはジョルジュオーというある美大生の石膏デッサンです(間違っていたらすみません)、彼はこの石膏を描いて居ました。向き合って見ると分かりますが、とても2時間で描ける姿では有りません。



しかし彼は全く違って居ました。おもむろに木炭の腹を使って、何も描いていない画用紙に、石膏像を描き始めたのでした。画用紙の白い部分は完全に残されて、影の部分を描き起こします。普通の人がこれをやると、デッサンが狂ってしまいます、そして後で訂正を繰り返し、結果画用紙はグレーにまみれて、完全に失敗します。


その彼は、どんどんと描き進み、僅か2時間くらいで木炭を置いてしまいました、完成してしまったのです。後彼がどうして居たかは良く覚えて居ません。多分、私以外の受験生も度肝を抜かれていたと思います。


そしてそのデッサンの完成度の高いこと、石膏デッサンの評価基準は、そのデッサン力そして質感、量感の三点です。それはまるでその石膏像がそのまま画用紙の中に生まれたように思いました。


絵はそれぞれの想いの表現です、デッサンが上手く無くても関係は無いのですが、私は妙に打ちひしがれ、その受験は失敗しました。


後で発表を見に行った時、私は自分の番号よりも彼の番号を探して居ました、そして彼は受かって居ました。そうだよなあ、8時間与えられて二時間で終わっていたんだ、発表を待つまでもないよな・・・と。


私はそれ以来、絵を描くことをしなく成りました。もともとそんなに好きでは無かったんだと、自分に言い聞かせることも忘れては居ませんでした。これを心理学では「すり替え」というのだそうですね。


トホホホ・・・・・。






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