人とのコミュニケーションの深さは
自分自身とのコミュニケーションの深さに比例する。
これはかなり以前、心理学のようなことを学んでいた時に、先生がおしゃったことです。だから正しいということではなく、何故か妙に納得したことを覚えて居ます。
でも、これはどういう意味なのでしょう、人とのコミュニケーションは分かるのですが自分自身とのコミュニケーションって、その時そうかも知れないと、納得はしたのですが、それ以上突っ込んでは行かなかったのです。
そんなことを考えている内に、こんな話を思い出しました。
良寛さんの涙
良寛さんの弟に由之という人がおり、
この由之には馬之助という放蕩者の子がいました。
馬之助は、仕事もせずに遊びほうけ、由之は困り果てていました。
そこで、良寛さんに説教を頼みました。
そのため、良寛さんは、由之の家に滞在したのですが、
二日たっても三日たっても、一度も馬之助を叱りませんでしたし、意見もしません。
そして、家の者がとめるのも聞かず、「わしは帰る」と言われます。そこで、由之の妻は馬之助に良寛さんの草鞋の紐を結んであげるようにいいつけました。
馬之助は言われるままに草鞋の紐を結び始めました。
そのときも良寛さんはなにも言われません。
が、馬之助は不意に顔を上げました。
自分の首に何か熱いものが落ちてきたからです。
馬之助が見上げると、そこには、自愛に満ちた表情で、目にいっぱい涙をためた良寛さんの顔がありました。
馬之助は、その後、遊びをやめ、生まれ変わったように仕事に精を出すようになったのです。
このお話は逸話でしょうが、でも、人とのコミュニケ―ションは言葉だけではないと教えてくれています。
馬之助は多分、良寛さんの慈愛の涙に、己の琴線を激しく揺さぶられたのかと思いました。馬之助は多分初めて、自分自身との深いコミュニケーションが出来たのだと思いました。
本当の愛により、心の深い所を揺さぶられた、そうなのだと思いました。
失礼しました。
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