夜が長いんだよ
最晩年の母の言葉です。
母は肝臓癌、発見されたときは手遅れでした、それから3ケ月の後、母は逝きました。
母は感の良い人で、自分がもう長くない病であることは分かっていると感じました。この頃はまだ、告知を本人にはしなかった時代でした。
私達兄弟は、あまり頻度高く見舞いに行っては気づかれると思い、せいぜい一週間に一度くらいのペースの見舞いでした。
だんだん母のお腹は腹水がたまり大きくなって来ました、黄疸もひどくなって来ました。
ある日見舞いにいくと、その黄色くなった顔を鏡に映しながら歯を磨いていました、鏡に私が映ったのでしょう、振り返りながら突然言いました。
夜が長いんだよ・・・・、って。
苦しい夜、腹水がたまると苦しくて眠れなくなる、モルヒネが効かなくなり痛みが強くなる、その度にナースコールを鳴らすのです。
そういう夜が、今日も待っている、明日も待っている、それが苦痛で溜まらないのでしょう。
そしてこう言いました。
もう良いんだよ、もう目が覚めなくても良いんだよ・・・
その時肝臓は膨らみ続けていて、お腹中を圧迫していました、モルヒネも何も効かず、激痛が全身を襲っていたのです。
先生は私達にこう言いました、肝臓を取ってしまいましょう、そうすると死期は早まるかも知れませんが、今の苦痛からは解放されると思いますと。
その手術の後、母の肝臓を見た私達は驚きました、それはその大きさと、癌化した部分の硬さでした。その後私達は全員無言になりました。これを抱えて生きていたんだ母は、と。
それから母は、しばしの間、笑顔も出るほどに回復しました。楽になったのです、でも、ほんのひと時でした。
肝臓が無い身体は、下水道の無い東京のようなものでしょう、母は抗生物質を打たれ続けて、意識は朦朧となり、後は眠るように逝ったのです。
眠るように、私はその苦しみの少ない穏やかな顔を見ながら、あの言葉を思い出して居ました。
夜が長いんだよねえ、もう目が覚めなくても良いんだよ・・・・
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